ひとりのフリオが、もうひとりのフリオを語る
フリオ・コルターサル
この本は、2世紀前にさかのぼり、最初の材料に基づいてつくったあるフランスレストランの不思議な料理のように準備された本である。その不思議な料理の基になるブイヨンは、微妙な味を保存する終わりのない過程の中で忍耐強い錬金術によって積み重ねられた。肉や野菜やスパイスが、徐々に加えられていった。ここには、ダゲレオタイプの写真の中から私たちを見ているフリオがいる。ひとりのフリオは、紙の山を「書く」ということによってかたずけていく。その強い忍耐で、時々一番近くにいる同名異人のフリオに対して、あるいは、指にまきつけられたテープがききめを表わすことに対して舌打ちをする。年長のフリオは、ほかのふたりが仕事をしたり、食事をしたり、ジタンヌを吸ったりしているのを、だまって見ている。
皆それぞれお互いを良く知っており、フリオという存在が習慣づけられている。誰かがフリオという名前を口にすると、すぐに皆は同時に頭をあげる。突然、彼等のなかのひとりが、書かれた紙の山にかかわらず各ページを企画していくもうひとりのフリオについて何も触れないままにこの本が先に進んでいることに気がついて、飛び上がった。紙の山を渡したフリオは、この紙の山を最初、測られ、はりつけられ、原稿として作られていくように予定された、ただの一度しか読むことのない特別のオブジェとしかみなしていなかった。それ故に私のペンは、まだ登場していないもうひとりのフリオであるフリオ・シルヴァについて語るべき一言を感じ、これからフリオ・シルヴァについて書き始める。
1955年、シルヴァがパリに着いて数ヵ月後のこと、彼は私の家に来て「サラ」という名の女性を参照しながら、フランス詩について一晩中語った。その当時、私とシルヴァの関係は、シュールレアリスムを通して彼を導く不思議な女神「サラ」について、彼にあえて訊ねるにはそれほど親しい間柄ではなかった。しかし、彼の話の終わりの頃 「サラ」というのは、アンドレ・ブルトンの妻 Tzara (ツァラ)のことだと私は理解した。「サラ」というのは一つの発音の仕方であり、彼は、あまり正しい発音ということを重要としていない。彼は、言語と同じくらい豊かな固有言語をもっている。私たちは「サラ」のおかげで、親友になった。 そうしている間にシルヴァは、パリのあちこちで絵の展覧会を始めるようになった。親しくなってからの長い年月の間に、信じられないような事件がいくつも起きた。例えばある日、彼は、宇宙船のような透明な屋根をもち、その屋根から出入りをする、まるでヨーグルトポットのような小さな車を手にいれた。彼は、自分ではこの車を完璧に操縦できると確信していたのだった。はじめてのドライブの日、妻を門の前に待たせて、彼はそのすばらしい車をとりに出かけた。カルチェラタンの真ん中で、彼はこの狭いヨーグルトポットにやっとのことで乗り込んだ。
そして、彼が車を動かすと、歩道の樹々が後退していくという印象を受けた。これは、車のギアボックスを見れば、車は逆に走っているということが、解るはずだった。結局のところ、このヨーグルトポットは、宝くじ売りのお婆さんの小屋にぶつかってしまったのだ。気がついたときには、ヨーグルトポットの排気管はもう小屋の中につっこんでいて、この運命を売っているお婆さんは、訳の解らないことを叫んでいた。半ば窒息しようとしているこのお婆さんを助けるために、彼はまず車からの脱出を試みた。しかし、この透明な屋根にある出口のあけ方を知らない彼は、宇宙のカプセルの中にいたガガーリンよりも、もっと閉じ込められた状態だった。この困った事故の現場に居合わせ憤慨した群衆は、こういう場面に必要だと思われているように、この異邦人に対してリンチをくわえようと言い出した。
彼にはこのような事件が度々起こったのだが、私はむしろ、彼がルイ13世の銃士たちが当時住んでいたボーヌ(Beaune)という通りの由緒ある建物の中に、とてもきれいな1フロアを所有したことのほうを評価している。 ...この建物には、宮殿に向かう前に三銃士のポトスやアラミス達が、剣をかけておいた手作りの鉄の支柱がまだ残っている。ダイヤの先飾りの夢を見ているダルタニアンを、コンスタンス・ボナシス夫人がリル(Lille)通りからおずおずと覗き見ている様子が、想像できる。......はじめに彼は、台所とひとつの部屋をもった。時が経つにつれて、より広いサロンと扉の裏になって隠されていたアトリエを手に入れた。哲学者マックス・プラントにも研究されなかったこの拡張現象に対して隣人や大家が抱いた不安を、彼はもぐらのような強情さとナポレオンの片腕タレランのような巧妙な仕業によって静めていった。今日においても、パリで2つのドアをもつアパルトマンをもっていることは、自慢できることである。実物大の引伸機、話しをする複写機、そして彼が特別に選び抜き誰もをおもしろいと感じさせるアフリカのマスクなど珍しいものがたくさんある部屋へ、友人達を招待する。ここには、変わらない優しさでアトリエを彷徨い歩く彼を支えている妻と、ベラスケスの義兄であるホアン・バチスタ・マッツォの「画家とその家族」という人々の心をうっとりとさせる絵から着想を得たとまちがいなく思える2人の子供が住んでいる。
「Le tour du jour en 80 mondes」に型とリズムを与えてくれたフリオ・シルヴァが、ここに存在する。もし彼が、もう1人のフリオである”ジュール・ヴェルヌ”(仏語のジュールは、スペイン語ではフリオ)と知り合っていたら、或いはヴェルヌが彼のことを知っていたら...ヴェルヌは、月旅行に出発したミッシェル・アルダンの隣の席にシルヴァを乗せていたであろうと私は思う。何故なら、もしシルヴァがアルダンと一緒に月旅行をしたなら、旅行中のハプニングやファンタジー等の(危険を伴ってはいるが...)とても楽しいできごとがもっと拡大され、ヴェルヌの「月旅行」という物語が、より楽しい物語になっていたであろうと思うからだ。今日我々は、ヴェルヌの物語とは違った目的の為に宇宙飛行士を宇宙へと送り出しているが、これはとても残念なことである。 私とシルヴァが、彼の絵について様々なことを語りあっていたある日、彼はとうとう我慢しきれなくなり、「クレヨンには、勝手に動く手しかないだろう!」と主張した。フリオ・シルヴァの美学理論の1つのサンプルとしてのこの短い文章を終えるのに、私は、この言葉によってピリオドを打つことにする。
この文章には、4のフリオが登場する。
- フリオ・コルターサル
- フリオ・シルヴァ
- ジュール・ラフォルグ
- ジュール・ヴェルヌ
「Le tour du jour en 80 mondes」 コルターサルの小説 ヴェルヌの「Le tour du monde en 80 jours」は、80日間世界1周だが、「Le tour du jour…」は、80の世界を1日で 1周する。
物語には、シルヴァやフォロン、アレシ ンスキー等 のアーティストの話しもでてくる。
この本は、レイアウトや装丁もとてもおもしろく、これをシルヴァが担当している。コルターサルの小説の80%は、シルヴァが、レイアウトと装丁をやっている。
原文中、コルターサルは、自分の小説に登場する「クロノップ」と言う呼び名で、シルヴァのことを表記しておりますが、訳文には使っていません。

